創作和食「和楽」 和食の楽しみが そこにはある
天理本通り交差点の角
天理駅の改札を出ると、右手に白い施設群が見える。
市内に1600はあるといわれる古墳群を象った施設「コフフン」。人気のスポットだ。
目の前にアーチ状の屋根。
「ようこそおかえり」の文字に誘われるように天理本通り商店街に入る。
天理教教会本部まで続く全長1キロ余の商店街は、百数十店が軒を連ねている。
さて、今回の目的地は 数百メートル先、ひとつ目の信号の交差点角にあるお店。
壁に小さな入口、紺地の暖簾がかかっている。
山花開?
黒い壁の凜としたたたずまい。
「なんだか敷居が高そうだな」
入るのを躊躇していると、入り口の左に立派な木の看板。
「山花開」の白い文字が目に入った。
「山に花が開く?どういう意味だ?」
近づいて、小さく書かれた文字を解読し、スマホでググって、やっとわかった。
兩人對酌 一杯一杯復一杯
唐代の詩人・李白の七言絶句「山中與幽人對酌」の一節だった。
原詩は、「兩人對酌」の後に「山花開」とつづく。
兩人對酌山花開 (花の咲く山中で、君と私は向き合いながら、世俗を忘れて酒を酌み交わす)
一杯一杯復一杯 (一杯、一杯、また一杯と)
30数年前の大学時代。
「今日の授業は花見をしながらしよう」
酒好きの教授の提案に我々は歓声をあげ、緑の樹々に囲まれた石上神宮外苑へ向かった。
桜花を見上げていたのか、桜花から見下ろされていたのか。
茶碗酒を酌み交わす我々にはどうでもよかった。
ただ、淡い桜花の色が、熱を帯びた青春時代の心に心地よかった。
尾鷲の海
紺色の作務衣に丸帽も紺色。中肉中背。分厚い一枚板のカウンターの中で、白いマスクに鋭い眼光。
店主の三鬼真実(みき・まこと)さんは、43歳。
三重県尾鷲市にある天理教三木ノ浦分教会の三男である。海まで百メートルもないところで育った。
教会長だった父は元漁師だ。寄り来る人たちに新鮮な魚を料理して出す。食す人たちの笑顔を間近に見た。
父の見事な包丁さばきと、料理で人が笑顔になることに憧れた。
真実さんは、中学を卒業後、迷わず調理師専門学校へ行き、大阪をはじめとする店で修行を重ね、七年前に念願の自分の店を持った。
披荊斬棘(ひげいざんきょく)
柳葉包丁の切っ先に視線を集中し、静かにサーモンの短冊を切る真実さんの背後には、整然と並べられた各種包丁。
その上に大きな墨書の額がかかっている。
これがまた読めない。何と書いてあるのか? 真実さんに尋ねる。
「ひげいざんきょく」です、と一言。手を止めさせては悪いので、再びググった。
披荊斬棘(ひげいざんきょく) 困難を克服しながら前進すること。
「披(ひ)」と「斬(ざん)」はどちらも切り開く。
「荊(けい)」と「棘(きょく)」はどちらもいばらのことで、いばらの道を切り開いて先にすすむという意味から。
コロナ禍の影響は大きく、「採算ぎりぎりの商売」。テイクアウトも始めたが、とても追いつかない状況だ。
そんな中、「コロナに負けていられない」と言う真実さんの眼光が、ひと際鋭く見えた。
「和楽」にこめた思い
カウンターに座り左手を見ると、墨書された額の文字が目に飛び込んでくる。
「和楽」
「結婚の時に、妻のお母さんが、贈ってくれたんです」
てっきり天理教になじみ深い「神人和楽」という言葉からとった店名だと思っていたら、
信仰のない義母が、娘の一字が入ったこの言葉を知人に書いてもらい、贈ってくれたらしい。
娘の幸せと家庭円満を願った言葉に胸打たれ、「和食を楽しむ」という意味をこめて店名とした。
心意気と決意
三鬼さんのお母さん・勢都子さんは、月刊誌『陽気』に何度もご登場いただいた、熱烈な信仰をもつ方だ。
今回の取材を終えて、改めて『陽気』の記事を読み直した。
ひとつの発見があった。
それは、真実(まこと)さんの兄(次男)の幼いころの原因不明の身上から、母親の勢都子さんが胸に刻んだ「真実」という言葉の話だった。その2年後に、真実さんが生まれている。
交差点の信号を渡って振り返った。そこにはガラス越しにいつくもの墨書が展示してある。
材見て 味見て 心見て 命食して 命をつなぎ 飲んで 楽しみ わかちあう この一品に こころをこめて この一品に なごみたのしみ 季をたのしみ 季を味わう 共によろこび あしたへつなぐ
【創作和食 和楽】 所在地=奈良県天理市川原城町301−6 電話=080-6123-6478 定休日=毎月14日と水曜日 ↓営業時間やメニューなどの確認は、「和楽」のホームページをご覧ください。