記録の寿命
私の所属する大教会には、初代会長の講話音源が多くある。東講堂講話の音源だけでも120くらいはあるだろうか。それらは主に1960年代のもので、オープンリールというテープに記録されていた。
1980年代になって、それらをカセットテープというものに写してインデックスをつける作業をしてくれた先輩もいた。
2000年代になって「デジタル化」せよというオーダーが私の所に来た。オープンリールからPCへの取り込みは、オープンリールプレーヤーの出力を、オーディオインターフェースを通してパソコンに記録する形でやっている。1時間前後の講話を全部聞かないといけないが、デジタル化すればあとは、AUDIOCDを作ることもスマホ用のデータにすることもできる。
初代の音源は、まだあるが、これまでに記録したデジタルデータの容量は、17.8GBほどになった。AUDIOCDでは200本弱くらいあるのかと思う。
その次は、4代会長の朝席記録のデジタル化だった、こっちは1500話ほどがカセット90分テープに記録してあった。150本くらいだったろうか、当然取り込みには、90分x150本分の時間がかかるが、デジタルデータにして160GBくらいだから、パソコンでのコピーは1時間もあればできてしまうかもしれない。ほかにも講話記録は千本分以上あるが、とても全部は写しきれないだろうと思う。
こんな具合で、他にもVHSテープをデジタル化したり8mmフィルムをデジタル化したりとか、HI-8という方式で記録された動画とか、DVCAMやminidvcamで記録された講話とか、MDで記録されたものとか、色々集まってくる。
そんな経験から、疑問に思っていることがある。
音声や映像を記録したものの寿命はどれくらいなんだろ?
考えてみると、電子機器の記録は、それを再生する機械とセットじゃないと再現できない。私が携わっただけでも、その記録装置の種類は増えるばかりで、しかも、それらの寿命は短くなっている様に思う。特にパソコンの記録メディアは激しい。
フロッピーディスク5インチに3.5インチでデータ容量が2DD,2HDで640mbとかだったかな。次にMO、ZIP、PD…今では接続することすら難しいと思う。
音の記録だと、長いことレコードで音楽を聴いていた。カセットができて、カセットウォークマンなるものもあったが、CDが出てCDがとってかわった。隙間にMDなんてものがあった。が、今やスマホが当たり前になってる。
映像記録は、8mmフィルムで音も無い映像を撮った時代があって、そのころ業務用は16mmとかのフィルムで映像をとって、音声はオープンリールで撮ったものが別にくっつけた時代があったが、VHSのカメラなんてものがでて、それがHI-8になって、デジタルのdvcamが出てきたけど、それがここ10年でメモリに記録するようになったし、DVDやブルーレイなども出来たけど、やっぱり見るのはスマホで十分というようなことになってる。
しかも、これらの進化はスピード感を増すばかりで、機械の扱い方が分からないと、読んだり聞いたり見たりできない。
便利になって、過去の記録をいつでも見られるようになったとはいえ、記録したものの寿命は、短くなっているんじゃないか?どうも矛盾するようだけれども、これが実際で、記録する側にとっては、後世に伝えようとするには、もっと努力が必要になっているのかもしれない。
文字や絵というのは、もっとも古くからの記録が残っている。石や亀の甲羅に刻んだ文字やら、洞窟に描かれた絵にはじまり、竹や木に記された文字、そして墨書、私たちだって100年前の本を手に取って読むことがある。
現状、もっとも長持ちしている記録装置は、「石」であるかもしれない。