家族で創る「大きな家族」(前)-兵庫県三木市・社会福祉法人まほろば―

家族で創る「大きな家族」(前)
    -兵庫県三木市・社会福祉法人まほろば―

幼い長男の病気平癒から

 2021年12月の半ば。カメラマンのYさんと天理から高速に乗り西へ2時間半、兵庫県三木市と南の神戸市の境にある「社会福祉法人まほろば」へと車を走らせた。小高い山々の間に田園風景が広がる。幹線道路から横道へ入って10分、竹林の間の細い坂道を右左に下りた。

「こんにちは」

「こんにちは」

「こんにちは」

  車から降りたわたしたちの前を、マスクに衛生帽姿の人たちが「まほろばのパン」と書かれたカーゴを押しながら行きかう。緑の木々と池で囲まれた谷あいに、大小さまざまな施設棟が建っている。

法人事務所前から撮影・木々の間の谷あいに、パン製造工場やデザイン事務所、他さまざまな施設が建つ
パン菓子の製造・販売などを展開している「就労継続支援A型事業所ウェルフェアーまほろば」 

「社会福祉法人まほろば」は40年間、地域社会の知的障がい者との真の共同・自立支援を追い求め、さまざまな事業を展開してきた。その種は、前理事長・門口淳(もんぐち・きよし)さん(5年前、81歳で出直し)と妻の守子さん(82歳)に授かった長男の病気にあった。24年前、『陽気』(平成9年8月号)に掲載した淳さんの話が脳裏に甦る。

――結婚の翌年。昭和36年に生まれた長男・欽哉(きんや)は、5カ月ころから発熱・けいれんを繰り返した。2時間おきに目をカッと見開いて、小さな身体をブルブルふるわせる。診断の結果は「小児てんかん」だった。守子は上級の教会へ日参し、夫婦であれこれ心定めもしたが、3カ月たっても、けいれんは治まらなかった。医師から宣告された。
「このままけいれんがつづけば、成長後も小児まひの症状が残るでしょう」
 この時、「道一条になれ!」ときびしく仕込んでくれた上級教会の会長様の言葉が、真に胸に迫った。
 実家の会社経営をやめ、生涯道一条を決意した。1週間後、3カ月もつづいたけいれんがピタリと止まり、小児まひの症状が残る心配はなくなった。守子はこの時、“きっといつか、長男のような身上(病気)で障がい者となった人の施設を作り、親神様にご恩をお返ししたい”  と涙ながらにお誓いしたという。――

父から子へ伝わった信念

 法人事務所の応接スペースで、門口守子さんと3男の承之亮(しょうのすけ)さん(55歳・法人本部副本部長)と対面した。当時を懐かしむように、守子さんは語りだした。時折、母親の横顔を見ながら承之亮さんがうなずく。

法人事務所内の応接スペースで 施設誕生前夜の話をする門口守子さん

 長男の小児てんかんのご守護から、一信者だった夫婦が上級の教会に住み込んだ。時は天理教教祖80年祭(昭和41年)へ向かう、「たすけの旬・たすかる旬」の前年。守子さんは子連れで連日においがけに歩き、淳さんは上級の会長様の運転手や団参バスの運転、教会ふしんの資材運搬や工事など、寝る間も惜しんで働いた。そして年祭の旬に教会のご守護をいただいた。
「『おふでさき』を読んでいたら、神さんは、人だすけ(に歩くこと)をよろこんでいる、と感じてね」
 守子さんの目が熱を帯びた。

副本部長の門口承之亮さん 父の話に熱が入る

「父は、上級の会長様の『(すべては)ぢばへ尽くしただけのもの』という言葉をよく口にしました。神様が社長だ、と」
 承之亮さんが言う。淳さんはおぢばへ心をつなぎ、夫婦でお供えに精魂こめた。その姿勢は5男2女の子どもたちにも伝わった。
「小学2年生のころでした。『子どもだからお供えできないことはないんやで。神さんは自由自在やからな』と、父に言われたんです」

 父親の言葉どおり、承之亮さんは空きびん回収やクワガタ取りで賃金を得てお供えできたという。その顔が実に楽しそうである。 世間の常識では考えられないことかもしれないが、子どもながらに実感した神様の世界の不思議さは、彼の人生の核となったにちがいない。

法人事務所では 各部署の責任者などが一緒に食事をする 創設者・門口淳さんの「互いにやっていることを分かり合えるように」という教えを受けて 一手一つのコミュニケーション促進のために

 現在、長男は父の跡をついで教会長となり、教会内で知的障がい者の世話どりをする。次男は同法人内で(重度の)知的障がい者通所施設「三木光司園」の事業所管理者。3男の承之亮さんは部内教会も受け持つ。4男も部内教会長であり、最近、緒についた新たな事業の担当者。5男は阪神淡路大震災後ネパールで就学・就労支援の活動を長年し、現在、その子どもたちの就労先確保のため、アメリカでパンの製造販売をしている。

施設設立への神の導き

「小児てんかん」をご守護いただいた欽哉さんが20歳のころだった。
 昭和56年末、近所に住む知的障がい者で自傷行為があるため、施設に預かってもらえない方が教会にやってきたことがきっかけで、教会で日中、その方のお世話をすることになった。その世話役を欽哉さんが買って出た。肩を寄せ合い教会や近所の草引き、掃除などに励んだ。

 やがて、兄弟姉妹が中心となってボランティアグループを発足、障がい者の自立支援事業(ダンボールの型抜き、車イスの組み立てなど)を始めた。
「天理教の教会で知的障がい者の世話どりをしている」噂は広まり、地域の知的障がい者の保護者の間から、知的障がい者が働ける「授産施設を作ってほしい」という声が上がった。そして、「社会福祉法人まほろば」を設立、「三木光司園」が誕生し、30名の知的障がい者を受け入れた。昭和62年のことだった。

「うちの子は父親に似て、みんな働き者でね」と笑う守子さんは、
「家族が一つになれたからできたんですよ」
 と言う。5人の男兄弟に加え、現在のパン事業をはじめたのは娘さんだった。

ウェルウェアーまほろば内(写真提供:社会福祉法人まほろば)
同上
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「出会い・ひらめきは、神様の導きです。神様が情報を持ってきてくれる」
 守子さんが言うように、法人設立前に始めたパン工場は、販売スペース提供のお願いに行った「靴のヒラキ」が、トップの決断で店舗入口付近の1番よい場所を無償提供してくださり、製造・販売・拡販に拍車がかかった。

「父は、『宗教家』という言葉を大切にしていました。法人設立の許認可交渉の席で、県の担当者から父は、『世の中には、福祉家と福祉屋がいます。宗教にも宗教家と宗教屋がいるでしょう。門口さんを宗教家の福祉家として、許可いたします』と言われたそうです。生涯、父は『宗教家』として理事長をつとめたと思います」
 承之亮さんの言葉は、力強かった。

 天理教では「節から芽が出る」という。とつぜん襲う重い病気や解決困難な苦しい状況を、大きく前進・飛躍する時到来ととらえる、力強い人生の歩みを示唆する言葉だと思う。まさに、「長男の小児てんかん」から見事な芽を出し成長し、広く大きく実ってきたのが、現在の「社会福祉法人まほろば」だと、思わずにいられない。

社会福祉法人まほろば

住所:兵庫県三木市別所町小林字仕負谷118-111

      MAP 【地図はこちら】
TEL:0794-82-9457
受付:9:00~17:00
定休日:日祝
           11,26日(法人指定休)

【ホームページはこちら】
https://www.mahoroba.or.jp/

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この記事を書いた人

図書出版養徳社 編集課長
養徳社に勤めて30年。
2020年から養徳社が激変‼️YouTubeチャンネルが始まり右往左往。
Web magazineも始まり四苦八苦。読者の方が読んでよかった、と思っていただける記事を目指します。
趣味は自家製燻製づくりの55歳です。