「課題」と向き合い「ひきこもり」支援を展開 ―3つのことを大切に・泉佐野市の泉州アグリ―

検索「課題 泉佐野市」

 曇り空のお昼時。1月とは思えない温かい風が東から、駅へ着く電車のブレーキ音を運んでくる。南はため池、北は住宅街。遠く南西に、関西国際空港連絡橋入口の「SISりんくうタワー」が見える。

中央左に見えるのが「SISりんくうタワー」

 目の前には「キャベツ」の畑、畑、畑……。「松波キャベツ」という品種で、甘味が高く葉が柔らかく、加熱するとさらに甘みを強く感じる。特にお好み焼きの材料として人気が高い、水なす・玉ねぎとならぶ泉州ブランド野菜の一つだ。

甘味が強く お好み焼きの材料として人気が高い「松波キャベツ」

 ここ泉佐野市日根野は約800年前、鎌倉時代に「日根荘」と呼ばれる荘園ができた地で、農地が開拓され、水路やため池が整備されて連綿と作物が作られてきた。今も「大阪の食の台所」である。その一翼を、ひきこもりやニートの人たちが担っている。畑の北、住宅街の一角にある「泉州アグリ」へと足を進めた。

泉州アグリのプレハブ内 左の段ボール「ねね屋」は屋号(豊臣秀吉の正室の名にちなんで)

 プレハブ倉庫の壁のホワイトボードにびっしりと、日付・場所・品名・個数などが書いてある。各種栽培野菜の収穫・出荷・納品の予定表である。午後からの各自の作業確認をしているのだろう、10人ぐらいの若い男女がテーブルを囲んでメモを取りながら、加藤秀樹さん(40歳・大海理分教会ようぼく NPO法人おおさか若者就労支援機構・アグリ事業部統括 株式会社泉州アグリ代表取締役)の話に耳を傾けていた。ミーティング終了を待って話を聞いた。

――泉州アグリが誕生した経緯を教えてください――

「『課題 泉佐野市』とパソコンで検索したのがきっかけですね」

 加藤さんは天理大学で生涯教育を専攻し、卒業後数年で、ニートや引きこもりの若者を支援する「NPO法人おおさか若者就労支援機構」に就職した。

 10年目のこと。それまで、研修などで社会参加のスキルを教えて企業に就職しても、すぐにまた引きこもる人が大多数だった。対象者は100名いたが、支援機構は相談を受けるだけで、社会参加のためのフィールドがない。

 フィールドを創れないか。エゴや押し付けでなく、本当の意味で共存して働いていける場所を創りたい。泉佐野市の課題解決に役立つことができないか、そんな思いで検索すると、画面に出てきたキーワードは、

「タオル 農業」

 よし、農業をやろう! と、3人の同僚とアグリ(農業)事業部を創り、株式会社泉州アグリを立ち上げた。8年前のことだ。

泉州アグリの代表・加藤秀樹さん パワーに満ちた口調で熱く話してくれた


農家の「課題」とマッチ

 75坪の農地を借りることはできたが……。本気で農業をやろう、と言っても、4人のメンバー誰一人農業経験はない、ノウハウがない。そこで思いついたのが「アグリヘルパー」だった。

「造語ですよ。周辺の人手不足の農家に、作業を手伝うから、野菜を運ぶから代わりにノウハウを教えてよ、という提案をしたんです」

 互いの課題がマッチした。やがて、うつむいていた若者たちに変化が現れた。

 これまで家では「早く働いたら?」「これからどうするの?」と言われ、感謝されることの少なかった若者たちが、農家では、「いつもありがとう、暑い中、本当に助かるわ」と感謝の言葉をかけられる。自分が人の役に立っている、と思うと嬉しくなる、頑張ろうと思えるし、もっと何かできないかと考えるようになった。

 サポーター役の加藤さんたちは、「レジェンド」と呼ばれる農家のおじいさんから、農業の「いろは」を教わった。土づくり・種まき・水や肥やり・収穫するまでの一連の工程を若者たちにも体験してもらう。その中で、それぞれができることをまず見つけ出す。「植える」のが得意な若者もいれば、「種まき」なら、という若者もいる。

大根を洗う
主力商品のブロッコリーの袋詰め

「初めて仕事に来た若者に、不安なことは? と尋ねると、きちんと仕事ができるか、周りの人とコミュニケーションが取れるか、という答えが返ってくるんです」

「それが、一週間後に同じ質問をしたら、(赤い色づきの具合を見て)あのトマトは採っていいのかアカンのかがわからない、という答えに変わってくるんですよ」 

 自分の内側へ向いていた意識が、外へ向き出す。そして自分の抱える課題にぶつかる。

「間違えたらアカン、ミスしたらアカン、と考えすぎて行動できないんです」

 と、加藤さんは言う。農業は刻々と変化する自然を相手にしているから、シナリオ通りにいかない。それが当たり前だ。

「間違うものなんやで、農業は。間違ってもええんや、と言うんです」

 一つひとつの野菜の栽培から収穫まで、選択・決断をくり返していくうちに悩む頻度が減る。限りなく選択肢が豊富な農業は、引きこもりの若者に、社会生活で必要不可欠な自己決定・自己決断能力を養うのに最適なのだという。

 アグリヘルパーでつながった縁、生まれた輪から預かる農地が増えてきた。今では1反(300坪)が80枚、8町(24,000坪)になった。現在、100種類の野菜を作っているという。

乾燥中の落花生 落花生の収穫体験も行っている 子ども連れの方々に人気で予約が詰まっている


課題「支援+ビジネス」の答え

 泉州アグリは株式会社である。収益を上げなければ雇用を守れない。就業希望者数に見合った仕事を作り出していかねばならない。「支援+ビジネス」は永遠の課題だ。

 課題と向き合った結果、「ユニット」(サポート役がつく数名編成のチーム)での農作業の受注というシステムが生まれた。若者ができる作業に限り、必要な農家に労働力を提供する、というものだ。

 例えば、りんごの木から「色のついたりんごを採って」と言われても、色づき具合を判断しなくてはいけない。働き始めた若者にはこれが難しい。「この木のりんごを全部取って」と言われればできる。提供できる作業内容を示し、必要な農家にユニットチームを派遣する。

 近隣の農家以外にも、青森でりんご、愛媛でみかんなど、繁忙期の1~2カ月出向いている。北海道と石川では、1カ月の作業終了後、現地に移住して働き始めた若者もいる。

 また、12月の1カ月間、愛媛でみかんの収穫をした若者は、その後引きこもったが、翌年12月、再び愛媛へ行った。経験値のある仕事は安心してできるからだ。

白菜の収穫中

「畑、見に行きますか」

 加藤さんに案内されて、プレハブ倉庫の南に広がる畑作地へ歩いた。キャベツ畑が多いが、ブロッコリーや白菜や大根、その他各種菜物野菜もあった。白菜を収穫している若者、豆の苗の下草を抜いている若者がいる。

 白菜の収穫をしている若者は、奄美大島の出身、実家が農家だそうだ。農業の勉強のために奈良県の農園で働いていたが、泉州アグリでは経営全般のこと、ビジネスモデルを学べると考えて転職してきたということだ。

 専用の菜切り包丁(頭の方も切れるようになっている)の頭で縦に根元を切る方が、横向きに切るより時間が短縮されるということを、笑顔で教えてくれた。

豆の苗の下草を取る

 立膝の体勢で豆の苗の下草を抜く若者は、声をかけてもあまり反応がなかったが、徐々に私の質問に答えてくれた。大阪市内から電車で1時間かけてきているけど、仕事が楽しいから苦にならない。派遣会社からの紹介で、アルバイト採用で9時から6時まで、ということだ。

「出荷できない野菜はもらえるの?」と聞くと、「そうですね」とうなずいた。

「持って帰ると、家族に喜ばれるんやないの?」

 と聞くと、「そうですね」と、はにかんだような笑顔が返ってきた。

不思議に集まった人材

「毎日、仕事を作らないとあきません。安心して働けるようにみんなに仕事を提供していかないとダメですから、雨の日でも収穫・出荷はできるだけ止めない」

 二人の姿を見つめながら、加藤さんが言う。白菜の畑も、納品必要個数に合わせて、畑1枚ごと種まきの時期などを調整し、毎週収穫出荷運搬の作業があるようにしている、という。

「多品種の野菜の種まきから収穫、出荷など、工程管理とかたいへんやないんですか?」
 と尋ねると、
「そこはサポート役の社員がいろいろ勉強してやってくれています。農家さんとか取引業者さんからノウハウも教えてもらいますしね。そして、不思議なんですが、節目節目の時期には、探したわけでないのに、必要な人が就職してくれるんですよ」

 今年の1月から、泉佐野市内のカカオや大豆などを扱う食材関連企業の社員食堂に、毎日800食分の野菜を納入している。自前で賄えない分は仕入れて納品するのだが、これは半年前に入社した元八百屋店店長の社員が、数多くの仕入先と縁があるおかげでこなせている、という。

 また、大手電機会社をやめて引きこもっていた若者は、出荷システムの構築に取り組んでいる。畑ごとに種まきから収穫までのデータを取り、工程を見直すことで品質や収量の改善を目指し、より労働が収益に結び付く構造を作り上げるためのものだ。

 新たな取り組みも、時代の「課題」に呼応して展開している。昨今の原油の高騰で化学肥料の値段も上がり、農業経営を圧迫している。結果、堆肥の需要も高まっている。泉州アグリでは「土から作る」をモットーに、大規模工場を新設、堆肥作りを進め販売している。

 そして、就業する若者がステップアップ、成長できる場も作った。プレハブ倉庫の横にあった古民家を譲り受け、月に1、2回「寺子屋」を開いている。中卒の若者が、高卒の資格を目指して勉強をする。教えるのは現役の引きこもりの高校生だという。

「寺子屋の時は、高校生が先生やけど、畑に出れば中卒の若者が先生になるんです」

 有名大学を出て100社面接、全部落ちて引きこもっていた若者が、中卒の若者からバイクの話を聞いて盛り上がり、免許を取ったケースもある。自然と互いの良さを生かし合う交流が生まれている結果だ。

地域の作業所の人も働きにくる(里芋の根を取る作業中)

「泉州アグリのモットーは、『人を大切にする』『野菜を大切にする』『多様性を認める』、この3つなんです」

 引きこもっていた若者がお日様を仰ぎ、土を相手に働くうちに、加藤さんの熱い思いが一人ひとりの胸にしみ込んでいくのではないか。プレハブで出荷作業をする10数名の若者は、てきぱきとした動きで活気にあふれている。

 今日初めて来た男性が、うつむきながら黙々と作業をしていた。緊張感が私にも伝わってきたが、彼も日々の仕事を通して、引きこもりから一歩一歩、前へと進んでいくのだろう。

 天理教の教え「互い立て合い助け合い」が、ここ泉州アグリでは日々展開されている。


【泉州アグリの情報はコチラ】
「泉州アグリ」のホームページ(通信販売もあります)
http://www.s-agri.jp/

【泉佐野市日根荘の情報はコチラ】
「日本遺産 日根荘」のホームページ
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story075/

【泉佐野市の情報はコチラ】
「泉佐野市観光協会」のホームページ
https://www.kankou-izumisano.jp/

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この記事を書いた人

図書出版養徳社 編集課長
養徳社に勤めて30年。
2020年から養徳社が激変‼️YouTubeチャンネルが始まり右往左往。
Web magazineも始まり四苦八苦。読者の方が読んでよかった、と思っていただける記事を目指します。
趣味は自家製燻製づくりの55歳です。