絵と出逢い 絵に活かされて ―『陽気』表紙絵作者・榎森彰子さん―

身近なものを描く絵画教室

「さ、描きましょ、いっしょに」

 とつぜんの提案に戸惑いながら、取材手帳とペンをテーブルに置いた。「選んで」と並べられた数本の筆記具を見た。絵を描くなんて何十年ぶりだろうか。

「えんぴつはないんですか?」

「えんぴつやと、消してしまうでしょ。ペンは消せない、人生といっしょ、後戻りできない」

『陽気』表紙絵作者の榎森彰子さん(67歳・天理市・櫟本分教会ようぼく・なら三原色の会主宰)が、笑顔で話す。

「消しゴムあったら消してばかりになるでしょ。それで結局、何も描けないで終わる。消したくなるような愚かな過去にエネルギーを向けるのでなくて、未来にエネルギー向けましょ!」

 なるほどその通り、よし描くぞ! という気になった。いや、させられた(笑)。アイフォンの録音機能をオンにしてテーブルに置き、絵を描きながら取材することにした。

 2月8日の午後。天理市の南方、長岳寺の山門近くにある「天理市トレイルセンター」内の「洋食勝井」で開かれた、榎森さんの絵画教室でのことだ。

国道169号「長岳寺」の看板を左へ曲がると 大和青垣の山をバックに 中央左手に「天理市トレイルセンター」が見える
天理市トレイルセンター

「小説『青い鳥』で、チルチルミチルは幸せの青い鳥を探す旅に出て、最後に幸せは案外自分のすぐそばにあることに気づくでしょ」

 榎森さんの絵画教室は、特別な道具で特別なものを描かない。だれもが、どこでも手に入る道具で身の回りの物を描く。天気の良い日は外を歩いて草花を見つけて画材にしている。

 人は普段の生活では「いっぱい」「大きい」「早い」そういうことに価値を置いているが、この絵画教室は、

「真逆。ちょっとでいい、ゆっくりでいいし、がんばらない。疲れたら完成、止めよう、というスタイル。でもそれが、(絵を描く上でも生活の上でも)良い循環を生み出していると思う」

 という。


植物は茎と根の間から描く

 ほうれん草、菜の花、ふきのとう、祝蕾(しゅくらい)。「今日はスーパーで買ってきた」という季節の植物がテーブルに並んでいる。わたしは「祝蕾」を選んだ。向かいに座るご婦人二人は、ふきのとうと祝蕾。

 ちなみに、祝蕾というのは高菜と同じ仲間で、天理市にある種苗メーカー・大和農園が育成し、「祝う」「蕾(つぼみ)」と書いて『祝蕾』と命名。2010年から全国で種子及び苗を販売している。天ぷらにすると適度な苦みがあって美味しい、春の訪れを感じる野菜だ。

祝蕾

「植物は、茎と根の間から下を先に描く。植物は暗い土の中で根っこが先に伸びて、上を支えられるようになってから芽が出て、上に伸びるでしょ。茎から下は下向きに線を引き、茎から上は、下から上へ描いていくんよ」

 上から下へは描きやすいが、下から上へペンを運ぶのはむずかしいから、ゆっくりになる。だから、じっとその物を見るという。

「よく見ること。思い込みが強かったら、見ていることより知っていることを描いてしまう。見えていることを描いてほしい」

「全体を見ないで、ちょっとずつ描き広げてください。まず下の部分だけを見て線を描いて、そこから上へ線を伸ばしていくんです」

 榎森さんの話を聞きながらペンを動かしていると、頭の中がスッキリして、自然に集中している、心地よい感覚に包まれてきた。



絵との出逢い・歩み

 榎森彰子さんは、三人弟妹の長女として天理市に生まれた。生まれつき股関節が悪かった彼女に、昭和30年代当時のこと、母親は将来を心配して手に職をと考え、手先を使う洋裁などいろいろさせた。絵を描くのが好きだった母親は、いろんな絵を描いて見せてくれた。おかげで絵が好きになったという。

 小学4年生のころ、父親が買ってくれた『少女フレンド』を読んで漫画にはまる。高校生のころから、自分で描いた作品を持って東京に行き、「講談社」や「集英社」に持ち込んだ。漫画家の家を訪ねもした。

「ちばてつやさんの事務所には、いきなり行ったと思う」

 その日は事務所が休みで「ちば先生だけがいらっしゃった」という。ちばさんが一人で「考える」ための三畳ぐらいの部屋に案内してくれた。机の前には『あしたのジョー』(原作:梶原一騎 作画:ちばてつや)の絵が置いてあった。「虫プロダクション」が出す雑誌が開く集まりで、手塚治虫さんにも会った。漫画家志望の若手が研鑽する場にも参加し、指導役の石ノ森章太郎さん(『仮面ライダー』などの原作者)には、奥様の店に連れて行ってもらったこともあるという。

天理市トレイルセンター内で展示されている 榎森彰子さんの絵

 天理高校時代は美術部に所属。顧問の先生の勧めで奈良県内の芸術短大へ進み洋画を学ぶ。その後、画材の勉強をしたいと思い、14カ月間大阪難波の画材店で勤めた。そのころには、漫画はむずかしい、イラストを描こうと進路を変えた。22歳ごろから天理の実家でイラストの仕事を始め、同級生の紹介でベビー用品のキャラクターを描いた。友人から後釜を頼まれ、女子高校で美術と、保育科の造形の講師をしながら、カルチャーセンターの子ども絵画教室の講師もしたり、友人と始めたデザインと企画事務所の仕事もしたという。

 27歳のころ、雑誌編集の仕事をしていたご主人と結婚。子どもが生まれた後も、フリーで業界誌の表紙絵や絵入りの記事などを執筆する。

 絵を描く道具から絵を教えること、企業のブランディングに関わるデザインまで、絵に関わるさまざまな経験を積み重ねてきたのだった。

天理市トレイルセンターでは地元の物産などの販売もしている


榎森さんにとって絵とは

「疲れました」

「おめでとうございます、なかなか良いじゃないですか」

 なんだか植物か変な魚かわからないなと思ったけど、描いた、という満足感はあった。絵を描くペンを置き、取材手帳とペンを手にした。

「榎森さんにとって、絵とはなんですか?」

「あのね、実は、40歳過ぎてから、描けないようになったんです」

 そのころ、10歳と8歳の二人の子育てに悩んでいた彼女は、知人に誘われ「親業訓練」(アメリカ発。親としての役割を効果的に果たすためのカウンセリングや学習・発達心理学、教育学などを基礎にした講座)に参加していた。グループカウンセリングを受けるうちに、絵が描けなくなった理由は、三人弟妹の長女だった自分は、

「いい子ちゃん、やったかも知れへん。親に褒められたいから絵を描いていたのかも」

 と思うようになった。だから、目的・目標がなくなって描けなくなったのではと。

 そんな体験から数年後、榎森さんは心から描きたい、と思うものに出会う。

 40代になってから、企業が出す「会員向け雑誌」に、いろいろな所を歩いて絵を描き文章を書く仕事をしていた彼女は、「山の辺の道」を描こうと思いついた。歩き始めて見つけたのが、天理から北の山の辺の道ぞいに誕生した「清澄の里 粟」だった。「大和伝統野菜」と呼ばれる野菜がメインの料理を出す店だ。そこで見た「里芋」(台湾から伝わったウーハン)に、

「ビビッときた!」

 という。「粟」の三浦さん夫妻から大和野菜の話をいろいろ聞いた。大和の野菜は、「春日大社」の日記に出てくるものもある。

「わたしにも先祖がいて、命が代々つづいてきて、今のわたしがある。名もない人が種をまいて育てて、次の代、次の代へと引き継いできた大和伝統野菜を絵に描きたい」

 熱い思いが湧きあがり、榎森さんを突き動かした。

奈良 蔦屋書店で開かれた「山の辺の道展」 榎森彰子さんの作品や絵葉書も展示された(2月8日撮影)
同上
同上

 そして、60歳ごろからは、新たな目標もできた。有名ではない、どんどん変わってしまう名もなき奈良の風景を描き残したい、という思いが湧いてきたという。確実に人の営みがあった風景を描き残すことで、一人でも懐かしい思いを感じてもらえたら嬉しい、と。

『陽気』3月号表紙絵

『陽気』3月号の表紙絵は、明治31年に作られた櫟本駅の跨線橋(こせんきょう)が描かれているが、表紙絵写真を榎森さんがフェイスブックにアップしたら、

「懐かしい! のコメントをあちこちからいただいたんですよ」

 とほほ笑んだ。

「天理教では、体はかりもの、と教えられますよね。心、魂だけが自分のもの。体は旅をするための舟のようなものやと思うんです。その舟を乗り継いで旅がつづいていく。今のわたしの舟は、いろいろなものを絵に描いて残すという役割を与えていただいていると思うんですよね」

 昨年11月、榎森彰子さんの『陽気』表紙絵を養徳社フロアで展示させてもらったことで、

「50年ぶりに同級生と再会して、交流が生まれたんですよ。養徳社のおかげです」

 榎森さんが飛び切りの笑顔で言った。

「絵を描くことで、いろいろな人やものと出逢い、よろこびをもらってきました。今思えば、辛い苦しいことも、絵で救われてきたんです。絵と出逢わせてくれた母のおかげですよね」

 メガネの奥の目が一段と輝いた。

完成した絵を手に記念撮影(真ん中が榎森さん、左端はお店の方)



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この記事を書いた人

図書出版養徳社 編集課長
養徳社に勤めて30年。
2020年から養徳社が激変‼️YouTubeチャンネルが始まり右往左往。
Web magazineも始まり四苦八苦。読者の方が読んでよかった、と思っていただける記事を目指します。
趣味は自家製燻製づくりの55歳です。